「インダストリアル」と呼ばれる音楽があります。電子楽器や録音テープ、コンピューターなどを使って演奏する「電子音楽」の一種で、 「工業生産される大衆音楽」へのアンチテーゼとして登場したジャンルです。金属音や耳障りなヴォーカルなどのノイズと、戦争やファシズムなどのグロテスクなイメージを融合させ、科学技術が人間社会にもたらした矛盾にも切り込んでいきました。
インダストリアルの中でも有名なのは、1974年に結成されたバンド「キャバレー・ボルテール」です。バンド名は、反芸術運動(ダダイスム)の発起人、フーゴ・バルがパートナーのエミー・ヘニングスとともにスイスでオープンしたキャバレーに由来します。キャバレー・ボルテールはインダストリアルとダンス・ミュージックを結びつけ、「インダストリアル・ダンス」というジャンルを確立しました。
インダストリアル・ダンスは、人体とコンピューターの融合などの身体改造的なモチーフを含むSFジャンル「サイバーパンク」のイメージも取り込んで発展しました。そのため、YouTubeなどに公開されているインダストリアル・ダンス系の動画には、サイバーファッションに身を包んだ人たちが映っています。
ガラス張りのビル前に集結したサイバーな人たちが踊り始めました。マスク、ウィッグ、タトゥー、ピアス……。人間離れしたファッションは近未来的。彼らはビルのガラスに自らの姿を映しながら一斉に手足を動かし、身をよじらせます。人工知能によって管理される街で、サイボーグたちが“儀式”を行っているようです。
そんな“儀式”を盛り上げる音楽がインダストリアル・ダンスなんですよ。ノイジーな金属音や声が繰り返され、聞く者を不安にさせつつも、一種の心地よさをもたらす音楽――。誰しもが心の奥に抱えている闇をかき立て、狂気や攻撃性を暴き出す刺激に満ちています。しかし、私たちが求める本当の快楽は、そうした負の感情に身を委ねた先にあるような気がします。